フルメタル・パニック’Sパロディ
“装備解除のカーニバル” <Home> <BACK>
がやがやがや ホームルームの喧騒のなか、一人大声を上げている少女がいた。
「はいはいはい、じゃあ、学園祭の出し物はお化け屋敷に決定ね」
少女、千鳥かなめが教卓をたたきながら言った。
「ほーい、じゃ、はやく終わりにしようぜ」
生徒の誰かが言う。
「じゃあ、今日のホームルームは終わりにします。いいですね?先生」
かなめが、担任の神楽坂教諭に同意を求める。彼女は立ち上がり、諭すような口調で生徒
に語りかけた。
「ではみなさん、他のクラスの邪魔にならないように帰りなさい。特に相良君、いいわね?」
「は、肯定であります」
相良宗介がいつものむっつり顔で答える。その神妙な様子を見て、かなめは思わず苦笑し
てしまった。
そして、その日の放課後。かなめは生徒会の用事を済ませ、帰途についた。練習してい
る運動部員たちを横目に校門のあたりまで歩く。そこに知った後ろ姿を見つけた。
「どうしたの?ソースケ。まだ帰ってなかったの?」
「あのあと神楽坂先生に呼ばれてな。説教をされてしまった」
「またなんかやったわけ?」
呆れ顔でかなめが尋ねる。すると、宗介は困ったように顔をしかめた。
「いや、5組の連中が模擬店で『火薬ごはん』を出す、という話をしていたのだ。
そのような悪質なテロ行為は許すことができなかったのでな、やめさせた」
かなめはなんとなく想像がついたが、それでも訊かずにはいられなかった。
「で、どうやってやめさせたの?」
「議長とおぼしき人物をナイフで脅した」
「やっぱりか!」
かなめは学生カバンで宗介の頭を殴り倒した。
「むう、なかなか痛いぞ」
そんな風にいつものどつき漫才をしているうちに二人は泉川駅にたどりついた。かなめにしかられ
たせいか、宗介は心なしか肩を落としているように見える。やがて彼は何かを思い出したかのよう
な表情を浮かべた。
「千鳥、訊きたいことがあるのだが。」
いつになく真剣な宗介の表情に、思わずどきりとしてしまう。
「な、なに?」
「おばけやしき、とは何をするところなのだ。教えてくれ」
緊張が一気に解ける。この戦争ボケが、ロマンとかそういうものに無縁なのはよくわかってたつもり
だった。それなのにドキドキした自分が馬鹿らしくなってくる。
「お化け屋敷っていうのはねえ、入ってきたお客さんを、お化け役の人が怖がらせるの」
「ふむ。なぜ、客はわざわざ怖がりにくるのだ?恐怖などないに越したことはないと思うのだが」
宗介の答えに、かなめはしょうがないなあ、と思いつつもちゃんと答えてやる。
「この平和な日本、スリルを求めるなら空想の世界しかないってことかもね」
「千鳥、前から言っているように、それは日本政府のプロパガンダ――」
ガタンガタンッ ホームにすべりこんできた電車の音が、宗介の声をかき消した。
嵐のような準備期間が過ぎていく。お化け屋敷の内装の準備に際して、宗介は意外な活躍を見せた。
彼いわく、
「俺はジャングルでろくな工具もない状態で家を建てたこともある」
だそうである。かなめも去年のように徹夜で準備→倉庫で爆睡、などということはなかった。宗介が彼女
の身を心配したからである。その心配の原因が、他のクラスメイトとは少し違っていたのは、いうまでもな
いことだが。
そして学園祭当日――。ふつうなら、当日の朝というものは活気に満ちあふれているものだ。しかし、宗
介たち2年 4組の様子は違っていた。
「なんでよりによってウチのクラスだけ風邪で十人も休みなわけ?」
かなめがつやのあるロングヘアーを振り乱して叫ぶ。彼女の周りを見渡すと、そのことごとくがマスクをし、
目は生彩を欠いていた。たった二人、相良宗介と常盤恭子を除いて。
「でも、しょうがないよ。この人数でもなんとかやっていけるんだし、元気出していこ。
ね、カナちゃん」
恭子がひときわ明るい声で言う。
「うむ、常盤の言うとおりだ。幸いお化け役の三人のうち二人は無事だ」
言って、かなめと恭子を交互に見る。二人の言葉に触発されたのか、かなめは意を決したように拳を握り
しめた。
「そうよね、あの嵐の準備期間を無駄にするわけにいかないわ! みんな、遊びに行くことはできないかも
しれないけど、お化け屋敷、成功させるわよ!」
『おおぉぉぉぉぉ!』
風邪のせいでガラガラ声ではあったが、それなりに気合いの入ったときの声が上がった。
「でも、お化け役はどうしよう? キョーコのくちさけ女、あたしのお岩さんはいいとして、残る一人、亡霊兵
士は誰がやる?」
「相良がやればいいんじゃない? そもそも健康なのは三人しかいないんだ。
それに相良ならピッタリじゃんか。」
クラスメイトの一人、小野寺がマスク越しの聞き取りにくい声で意見を出した。それに賛同するように、マス
ク連がうなずく。
「俺でよければ協力しよう。彼の言葉から推察するに、お化け役は健康体でなくては務まらない激務らしい。
なら、俺がやるのが論理的に正しい」
やる、と決めたときから、風邪ひきの人間にお化け役は辛いことはわかっていた。だから残るお化け役は宗
介にやってもらおうと思ってはいた。だが、彼に頼みごとをすると必ず騒動が起こる、という過去の経験があ
るため、迷いが生じたのだ。だから、みんなに意見を求めたのだ。しかし、どうやら宗介に頼むよりほかない
ようだ。
「う、うん、そうだね。じゃ、ソースケにおねがいするわ」
「了解した」
宗介のやる気まんまんな様子を見て、かなめは少し不安になってきた。そして、不安材料を消すべく、「行動
する」ことにした。
「ソースケ、カバン出して」
「なぜだ、千鳥」
言いながらも、かなめの迫力に押されたのか、宗介はカバンを差し出す。カバンを受け取った彼女は、その中
身を机の上にぶちまけた。ガラガラガラ、金属音が響きわたる。自動拳銃、リボルバー、プラスチック爆薬、コ
ンバットナイフ、アーミーナイフなどなど、高校生らしからぬシロモノが机の上に積み上げられていく。
「これは没収ね。今日の帰りに返してあげるから」
言ってかなめは、宗介の暴走の原因になりそうなものを取り上げていった。残ったのは、携帯電話、ティッシュ
ペーパー、筆箱など、ふつうの高校生が持ち歩くようなものばかりだった。
「ふう、これで少しは安心かな」
満足そうにうなずき、宗介に目をやる。すると、彼は何のことだかわからないように首をかしげていた。そこでか
なめは何かを思い出したように、ぽんっと手を打った。
「ソースケ、制服もぬぎなさい」
「??」
「いいから!」
先程にも増して強い口調で言う。彼は少し、拒絶の表情を見せたが、それでもすばやい動作で詰め襟を脱いだ。
すると、かなめはそのポケットをたんねんに調べていくと、やがて目的のものを見つけたらしく、笑みを浮かべた。
「よし、これでオッケー」
彼女は詰め襟のポケットから見つけた、投げナイフと自動拳銃をもてあそびながら、クラスメイトたちに視線を向
ける。彼らの顔には、好奇とも恐怖ともつかぬ表情が浮かんでいた。
そして時は経ち、お化けのメイク、仕掛けの動きなど、開場前の最終チェックが終わったときには学園祭開始五
分前だった。
「カナちゃ〜ん、やっぱはずかしいよぉ」
くちさけ女のメイクが完了した恭子が情けない声をあげた。その口許はかなり精巧な特殊メイクで覆われており、そ
のリアルさは申し分ない。しかし、恭子の童顔とメイクのギャップがなんともいえない滑稽さをかもし出していた。
「そんなこと言わない。結構かわいいわよ・・・・・、ぷっ」
言いつつも、思わずふきだしてしまう。
「あ、笑った〜、ヒドイなあ。」
恭子が頬をふくらませる。その姿がさらに滑稽さを際立たせ、クラス中が笑いに包まれた。そのなかで一人、宗介だ
けがむっつり顔のまま言った。
「常盤、髪を下ろし、眼鏡を取った君は別人のようだ。敵に素性を知られることもないだろう。完璧な偽装だ。」
場違いな宗介の意見に戸惑い、恭子はどう言葉を返していいのかわからない。思案の末、思いついた言葉はこうだ
った。
「あ、ありがと。相良君」
「うむ、礼には及ばん」
そのやりとりをそばで聞いていたかなめは、もはや呆れ顔である。お岩さんのメイクをした上でそう見えるのだから、
相当な呆れ具合だろう。その表情を振り払うようにして、彼女は声を張り上げた。
「さあ、はじまりね。気合い入れていくわよ!」
そのときちょうど、学園祭開始のアナウンスが流れた。
ヒュードロドロドロ オーソドックスな効果音の響くなかで、悲鳴が上がる。
「うんうん、キョーコもなんだかんだ言って、やってるじゃないの。あたしもがんばらなくちゃ」
本日一組目のお客さんは、なかなかリアクションがいいようである。自然かなめも気合いが入る。しばらくすると、
ボリュームが大きすぎる効果音のせいで内容までは聞き取れないが、宗介が何やら言っているのが聞こえた。数
秒のやりとりの後、時おり聞こえていた客の会話がピタリと途切れる。そして、走ってくる靴音。かなめは大きく息を
吸い込み、おどかすのに備える。客がすぐそこまで来たその時、かなめは用意してあったセリフを言おうとした。
……しかし、客――どうやらアベックだったらしい――は、かなめに目もくれず、ハンカチを口にあてて全力疾走し
ていった。
「なによあれ・・・・?」
かなめの頭のなかは疑問符で埋め尽くされた。
ヒュードロドロドロ なんの意味があるかわからない音が響くなかで、宗介は満足を覚えていた。亡霊兵士の衣装の
一部であるガスマスクのずれを直しながら、ひとりごちた。
「うむ、作戦成功。お化け屋敷は来るものを恐怖におとしいれる場所。俺の手にかかれば造作もないことだ」
そんなことを言っているうちに次の客がやってきた。宗介は息を吸い込み、用意してあったセリフを一気に吐き出した。
ガスマスク越しはしゃべりにくいことこの上ない。
「おい、はやく逃げたほうがいいぞ。ここは毒ガスでいっぱいだ。あまり長居すると、神経系に後遺症が残る」
「なに言ってんの?そんなわけないじゃん」
アベックの男のほうが馬鹿にしたように言ってくる。ここまではさっきの客と同じ反応だ。しかし、ここからが重要なのだ。
自分にそう言いきかせて、宗介は続けた。
「何か臭わないか?」
声のトーンを落とす。このお化け屋敷には、雰囲気作りのためにお香が炊かれている。しかし、そのお香というのが各人
が家から持ち寄ったものなため、香りの統一がなされておらず、異様な臭いを発していた。
「そ、そんなわけないわ。毒ガスなんて……」
女の方が少しおびえた調子で言ってくる。
「果たしてそうかな? では、ここに来るまでに会ったくちさけ女、彼女がマスクを一瞬しかはずさないのはなぜだ?
受付の人間までがマスクをしていたのはどうしてなんだろうな?」
くちさけ女=恭子が一瞬しかマスクをはずさないのは、単に恥ずかしいからなのだが、宗介はあえてそう言った。
ゴホゴホ そこに仕掛け担当の生徒が咳をした。
「今の咳を聞いたか? この教室にいるものは全員マスクをつけている。一見普通のマスクだが、耐ガス仕様の特別製だ。
それを付けている彼らでさえあのとおりだ。」
そう言い終えると、彼らは恐怖にとりつかれたのか、急いでハンカチを取り出し、口にあてると全力疾走でその場を去った。
2年4組のお化け屋敷で毒ガスがばらまかれている、という噂が立ったのは一時間後のことだった。その噂を聞きつけた生
徒会長・林水敦信は今、その現場にいた。<出口――出口ったら出口>と書かれたドアに手をかけ、一気に開け放つ。
そして、教室内に向かって決して大声ではないがよく通る声で呼びかける。
「千鳥君、出てきたまえ。話がある。このお化け屋敷の存続にかかわる重要事項だ。」
大急ぎで出てきたかなめに、林水は事の顛末を話して聞かせた。
「原因はあいつね・・・・。どうもおかしいとは思ってたのよ。客が全員ハンカチを口にあてて全力疾走・・・。
もっとはやく気づくべきだったわ」
状況のすべてが宗介が原因だ、と告げている。「毒ガス」という、キーワードも大きく作用していた。そんな
言葉に関わるのは陣代高校広しといえども、相良宗介以外にない、そう判断したのである。そこで宗介を
呼び出し、事情を聞き出す。すると宗介は悪びれた様子もなく、こう言った。
「現在の俺の装備で、もっとも効果的に恐怖心を植え付けるにはあの方法が最も合理的だったのだ」
かなめはあきれてものも言えなかった。林水は別段表情も変えず、
「確かにそのとおりだ」
かなめも以前よりは林水の異常さを理解し始めていたので、ハデなリアクションは起こさない。林水は眉を
ひそめ、さらに続けた。
「しかし、もう少しひねりが欲しかったな。教室内にカラシを塗りたくっておいて、マスタードガスだ、ぐらいの
演出があってもいいのではないかね?」
「は、自分としたことが失念しておりました」
宗介が申し訳なさそうな表情をする。
(こ、この二人は……。)
かなめがワナワナと体を震わせているのを、林水はまったく気にする様子も見せず、
「精進することだ。では、毒ガスの件は私が対策を講じておこう」
そう言って林水がきびすを返したそのとき、ずっと後ろで組まれていた手に、何故か「カラフルな鳥」が乗っ
ているのに気がついた。
「センパイ、なんです?その手の中の鳥は……」
「ああ、これか?これは私のペットだ」
(似合わない……)
そうは思いながらも口に出すのはやめておくことにした。林水が規則正しい靴音を立て、廊下の端に消える。
その後姿を見送りながら、
「なんだろ?あの鳥。まあいいか。しかし対策を立ててくれるって言ってたし、少しは安心かな」
「うむ。会長閣下なら信頼してよいだろう。常に用心を怠らない立派な方だからな」
宗介が心底感心したように言った。
(人の評価はちゃんとできるのよね。でも自分の異常さにはまったく気づいてない。一体どうなってんのかし
らね、こいつの頭は。それにしても用心っていったい……?)
その後、林水会長の尽力のおかげか、客足は順調なまま終わりを迎えることができた。林水にお礼を言
おうと、かなめと宗介が廊下に出たときだった。
壁のそこら中に貼ってあるポスターのなかで、ひときわ目立つ張り紙が彼女の目に飛び込んできた。ハデ
ハデのポスター群のなかにあって、白いコピー用紙にワープロ文字というシンプルさが、かえって彼女の目
を引いたのだ。内容を読んでみる。
「あのときのあれは、もしかして………?」
「さすがは会長閣下。自分の身の安全だけでなく、もうひとつの意図も兼ねていたわけだ」
そこには、こう書かれていた。
●通達事項
2年4組のお化け屋敷の毒ガス騒動に対し、わが生徒会は"独自の調査"を敢行。結果、その危険性は皆無
と判明した。以後、このようなデマに踊らされぬよう、我々生徒会は切に願うものである。
生徒会長 林水敦信
そこへ、見覚えのある「カラフルな鳥」が飛んでくるのが見えた。
「誰か〜!その『カナリア』を捕まえてぇ〜!」
かなめは腹の底からため息をついた。
(おわり)
<不必要なあとがき>
どうも〜、作者さんです。
果たしてこんなあとがきなんぞ誰が読むんだ?と思いつつ書いております。
今回、自分で管理するにあたり、改訂版にしてみました。方々から、感想、批判
などをちょうだいいたしまして、思い当たる部分も多く、いっそのこと書き直しちゃえ!
と無謀にも書きなおしを敢行。成功してるかどうかは全く不明(汗)。
というわけで、前作を覚えてる人(いないか?)は、「どの辺がよくなった」、「ダメじゃん!
前のほうがよかったよ」などの感想をいただけるとありがたく存じます。
では、またいつか新作ができることを祈って。