魔術士オーフェン’sパロディ
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「風のいたずら」
● 夏の第六十三日
最近はオーフェン様は毎日お疲れになって帰っていらっしゃる。
わたしがお食事のお伺いを立てても、ポケットを探られて、「今日は、ちょっとな……」
と涙を浮かべて、お水だけを注文なさる。あの娘のせいで、食欲すら減退していらっしゃ
るらしい。
● 夏の第六十四日
今日もあの娘がオーフェン様を連れて行ったらしい。宿屋の息子マジクさんに訪ねたとこ
ろによると、毎朝九時にはオーフェン様を起こしに来るとのこと。
わたしはといえば、そのころはベッドに運ばれてくる朝食と紅茶を楽しんでいるころ。
それよりもっっ!!
オーフェン様を「起こす」ですってぇ?!
それはオーフェン様の寝姿を拝見してしまうと言う事ですわっっ!!
わたしを差し置いてそんなことが許されると思ってるのかしら?
黒マントの女は深爪にな〜れ。
● 夏の第六十五日
今日は九時に宿屋に行ったのに、すでにオーフェン様は不在だった。「時間外労働です!!」
と言って、あの娘が連れて行ってしまったらしい。一体何をしているのだろう?
キースに調査を依頼しようと決意する。
ああ!オーフェン様!わたしをお忘れになったの?
ちり〜ん
鈴の音が響き渡る。今日は何秒かしら。
そう思い、ドアのほうを振り返る。
…………、遅い。何秒経っても現れない。
「何か御用でしょうか? ボニー様」
背後から声がした。振り返るとそこには銀髪にタキシードの執事――キースがいた。
「どうやってわたしの後ろにいるのです?
いえ、言わなくてもよろしい。わたしが振り向く
その瞬間、死角をたどって背後に回ったのでしょう」
「いえ、窓から音を立てぬよう入ってきただけでございます。ボニー様」
表情を変えることなく、キースが言ってくる。
「そういう考え方もありますわね。キース、褒めてさしあげますわ」
「光栄です」
「ところで、昨日頼んでおいた調査、どうなっていますか?」
「は、順調でございます。昨日一日、アイスキャンデーを片手に尾行を行ったところ、黒魔術
士殿は、わたしに一度も気づくことなく、調査は大成功でした。なぜか、虚空に向かって、軽
蔑と諦めのないまぜになったようなまなざしを向けておられましたが。
それと、これはアイスキャンデーの代金の領収書でございます」
ボニーは領収書の束――まさに束だった――を受け取ると、静かに告げる。
「では、報告を」
言うと、キースは畏まって、オールバックにした髪の間から何か細い筒状のものを取り出した。
そして、それの側面を爪で引っかくようにする。と、その筒が見る間に細長い紙へと変わる。
どうやら巻いてあったらしい。
縦は一メートル近くあるだろうか。横幅は五センチほどである。
「キース、なぜこんな紙に書いたのです?」
「肌身はなさず持っておくためですが。何しろ機密文書ですので」
「そう、それもそうですわね」
納得する。
報告を促すと、キースは朗々とした声で始めた。
「夏の第六十六日。黒魔術士殿と、黒マントの女、宿を出る。宿向かいの駄菓子屋のアイスキャ
ンデーは少し甘過ぎる。様子をうかがうに、求人広告を捜し歩いているらしい。
宿から三ブロックほど進んだところにある洋菓子屋のアイスキャンデーは値段に見合ういい味だ
った。黒魔術士殿は何を血迷ったのか、職探しをしているようだ。ちなみに今舐めているのは、
街頭売りのもの。昔懐かしい味。今日一番の味である。滑らかなミルクの味、それでいてしつこ
くなく……」
「ちょっと待ちなさい。さっきから、オーフェン様の調査よりも、アイスキャンデーについての
記述のほうが多いと思うのは気のせいかしら?」
咎めるような口調で言ってやる。
「気のせいでございます」
「そうかしら。わたしにはそうは思えないけれど。まあいいわ。アイスキャンデーの記述は抜か
して、続けてちょうだい」
キースは不満そうな顔ひとつ見せず、続ける。
「そうこうしている間にあっという間に午後――」
「待ちなさい。午前中の記述はあれだけですの?! あまりに少なすぎませんこと?」
「いえ、特筆すべき出来事がなかったので。強いて挙げるとするならば、二人でフルーツショッ
プで差し向かいでジュースを飲んだこと。そして、そこでジュースをこぼした黒マントの女に黒
魔術士殿ががハンカチを貸してやったくらいでしょうか」
真顔で告げてくる。
「そういうことを第一に報告なさい!」
まるで椅子に座っている時に机を叩くような調子で手を叩きつける――自分がベッドに座ってい
る事も忘れて。
太腿が痛かった。
気を取り直して、キースに続きを促す。
「あとは、アイスキャンデーについての記述ばかりですので、割愛させていただきます」
「………………………………………」
「今度は本当に特筆すべき出来事はありません。
そのあとすぐに黒魔術士殿は帰ってしまわれたので」
「そ、そう。それならよろしい。ご苦労様でした」
キースが窓から去ったあと、ボニーはひとつ溜め息をつくと、ぐったりと首を垂れた。
しかし、すぐに首を起こし、拳を握り締めた。
「しかし、あの黒マントの女!!
オーフェン様の生活向上させるのが仕事と偽って、オーフェン
様を毎日誘い出しているに違いありませんわ。自分のほろ甘い欲望のために!
今度こそわたしが直接手を下してさしあげますわ!」
言って、ボニーは両の拳を硬く握り締めた。只今午前八時。まだオーフェンたちは宿を出ていない
かもしれない。ボニーはベッドから飛び降りた。
自分は普段寝ている時間、街はすでに動き始めている。ボニーはそのことを今日初めて知った。
だが、今はそんなことはどうでもよかった。
歩みを早める。
(オーフェン様、今助けてさしあげますわ!)
ひたすらに道を急ぐと、目的地はいつもよりも近く感じられた。
オーフェンの止宿している宿、「バグアップズ・イン」が視界の端に見えてくる。
ただその宿を凝視しながら近づいていくと、黒い塊が二つ、宿の入り口から出てくるのが見えた。
「オーフェン様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
走りやすいようにスカートの端をつまみ上げ、全力疾走する。
あと数秒、あと数メートル、あと数歩……。
オーフェンの纏う黒づくめで視界が覆われる。ボニーは愛する人の胸の暖かみを想像しながら、最
後の一歩を進め、いや、跳んだ。その時、今まで黒一色だったはずの世界が、急に色彩を放った。
しかし、すぐさま世界は見慣れた一色に変わる。
そう、これは石畳の――
「いったぁぁぁぁぁい」
体の前半分が全て痛かった。ヘッドスライディングを無意識のうちにやったようなものだから、当
然と言えば当然なのだが。
「オーフェン様!!
なぜお避けになったんですの?!」
「いや、なんとなく」
オーフェンは何の感慨も持たず、そう言った。
「あのあの、わたしちょっと言いたい事があるんですけどぉ。ボニーさんあなた、一般人にしては、
すごい突進能力だと思いますぅ。どこかで訓練されたんですかぁ?
わたし、戦闘訓練とかあまり得意じゃないんで、ちょっと尊敬してしまいましたぁ」
「ラシィ、君やっぱりずれてるな……」
オーフェンが半眼で告げる。
「あなた、見るべきところは見てますのね。ほめてさしあげますわ」
「おまえもか!!」
「今の状況を見るに、ずれてるのはモグリさんのほうだと思うんですけどぉ?」
胸の前で手を組んでラシィが言う。癖らしい。
「そんなことはない!!」
「でもぉ、現に二対一じゃないですかぁ」
「お、オーフェン様、そうでしたのね……」
ボニーが泣き崩れる。
「なんなんだてめえらは!!
今日はやけに仲がいいじゃねぇか。俺を陥れる同盟でも組んだのか?!」
「そんなことないですぅ!」
「そんなことは断じてありませんわ!」
「ほう……、おんなじような意味のこと言いやがって。
やっぱ何かあるんじゃねぇのか?」
指を鳴らしながら言う。
「あのあの、わたしは堕落的な生活を無為に送るだけでなく、そこから脱却しようとする意思の全く見
えないモグリさんの生活向上のために、毎日努力してるだけですぅ」
「わたしはオーフェン様にできるだけ今の堕落的かつ無軌道な生活から、愛の力で救ってさしあげるこ
とだけを考えているのですわ……。はぁ……」
ラシィは力強く、ボニーはなぜか恍惚として言った。
「んっふっふっふ……。てめぇら……、余計なお世話だ!!」
言葉の後半を媒体として、熱衝撃波を放つ。ボニーとラシィの足元に穴がうがたれた。
そこへ、一陣の風が吹きぬけた。風は一言、言葉を残していった。
「ファイト!」
その言葉を皮切りに、オーフェンの目つきが変わった。そう、それはまるで野獣のような目つきだった。
「うがぁぁぁぁぁぁ!! てめぇらぁぁぁぁ! 」
「ああ、オーフェン様が怒ってしまわれましたわ。あなたのせいですわよ!」
「そんなことないですぅ!
わたしは正しいことしか言ってないですぅ」
さらにそこへ一陣の風が舞う。やはり一言の言葉と、アイスキャンデーの棒を残して。
「ファイト!」
風が埃を吹き散らすまでの間、トトカンタは静かだった。
「我は放つ光の白刃!!」
「あなたがいけないんですよぅ!」
「そもそも、あなたがわたしとオーフェン様の仲を邪魔したりしなければ!」
それぞれに好きなことを言いつつ、台風の目がトトカンタ市を疾走しつづけた。
ボニーは今、日記を書いていた。今日の出来事を思い出しながら。
オーフェンに褒めてもらおうと思って着ていった一張羅も、今はぼろぼろである。しかし、彼女にはそれを
着替えるよりも先に、書き綴っておかなければならないことがあった。
● 夏の第六十六日
今日は、オーフェン様とあの娘の密会現場を抑えたものの、その後のオーフェン様の愛の新境地探求に
かまけるあまり、二人を引き離す策は実行できず。明日こそは完全に引き離してごらんに入れますわ。
オーフェン様、その時こそふたりっきりで、愛の、愛の新境地へ……。
(おわり)
“平身低頭な”あとがき
すいませぬぅ!!
遅くなってしまった上に、リクエストの内容とかなりかけ離れてしまった!!
リクエストをくださった孔司さんには、どう謝っていいものやら……(滝汗)。
とにかく、すいません!!
では、以下いつものように、ネタバレ話を。
この話、無謀編9巻、「同情なんていらねぇぜ!」を読んでないと、全く面白くない話に仕上がっております(爆)。
本来、それはやってはいけないことだと思うのですが、ついやってしまいます。
あとはですねえ、苦労話。キースとボニー二人のシーンは、ボケが止まらないぃぃぃぃぃ!!(笑)。
やはりキースには、オーフェンのような矯激なツッコミを入れてくれるキャラが必要なようです。
それと、最初のほうの振りが、後半でうまく活用できていない事ですね。ボニーとラシィを争わせる事が当初の
目的だったので、ボニーの恨み言をつづってみたのですが。後半の展開からして、これが全くのムダに(爆)。
いずれ、書き直してみたいと思う作品をまた増やしてしまったようですね。
では、またまた。
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