魔術士オーフェンパロディ
捨てるべき過去越えて
走ることがこんなに苦しいと思ったのは初めてだ。
グラウンドで訓練のために走るのとはわけが違う。
何しろ彼は生きるために走っているのだから。
「撒いたかな?塔のトレイサーがここまでしつこいとは正直思わなかったよ。
僕一人を捕らえるのに、一体何人の人員を裂いているんだ?」
追っ手をかわし、裏路地に入ったところで彼はひとりごちた。しかし逃亡者の休息は短い。
まもなく追っ手の姿が路地の出口に見え隠れしはじめた。
「まずいな。なんでこの先が袋小路だったことに気づかなかったんだ?」
今出て行けば間違いなく捕捉される。
かといって、重力中和の魔術を使うわけにもいかなかった。
なぜなら彼が音声魔術士である以上、声をあげなければならないからである。しかも路地の
両側にそびえるビルはむやみに高い。これではかなりの大声を出さなければ、屋上へはたど
り着けないだろう。だからといって転移の魔術も使えない。これも先ほどと全く同じ理由である。
しかし、このままここにいれば確実に捕まる。重力中和か擬似転移か、どちらかを選ばなけれ
ばならない。彼は心の中でサイコロを振り、決断を下した。
「我は――」
彼が魔術を発動させようとしたそのとき、突然ドアが開いた。
「なんだ?!」
焦りと暗さ、ドアの色が壁と同色であったことも手伝って、その存在に気づかなかったのだ。
そのドアから、その華奢な体には大きすぎるゴミ袋を抱えた少女が姿を現した。
「ごめん!ちょっとかくまってくれないか?」
彼の突然の言葉に、少女は少なからず驚いたようだった。
直後、なにやら神妙な表情を浮かべ、声を落として言った。
「君、追われてるのね? いいわ、さ、入って」
あまりにもあっさりと受け入れられたことに、驚きを覚える。
しかし、実際願ったりかなったりだったので、少女の言葉に従うことにした。
コンクリート打ちっぱなしの殺風景な廊下を抜け、埃のたまった階段を上がる。彼は先ほど
までの焦燥を忘れ、今は彼女の正体に意識が向き始めていた。やがて、階段を上がり終える
と、今にも蝶番が外れそうなほどゆがんだ木扉にぶつかった。
「さあ、入って。」
少女がの招き入れに素直に従う。彼女もあとを追って中に入る。傾いたベッド、壊れかけの机。
それらの中で磨き上げられた鏡だけがここが女性の部屋であることを主張していた。
「さあ、君のことを話してもらえるかな? まず、名前は何か。どうして追われてるのか」
彼女は少し茶色がかった髪をかきあげながら尋ねてくる。彼は頭をフル回転させて答えを探す。
しかし、出てくる答えはどれも支離滅裂なものばかり。やっと思いついたものも、何かしっくりしない。
しかし、これ以上の間をあけるのは危険だった。
「僕の名前はキリー。追われているのは僕が白魔術士だから」
戸惑うべきだったろうか。あまりに突拍子もない嘘をついたために言葉に淀みがなくなってしまった。
それに偽名の一部に本名を使ってしまった。それはまだ自分が過去を捨てきれていないことの証明
だった。この間その名は捨てようと決めたばかりなのに。
"キリランシェロ"はそんなことを考えながら、目の前の少女の反応を見る。すると彼女はなぜか目を
輝かせてこちらを見ていた。
「君も白魔術士なのね?! 実はあたしもなの!」
「へ!?」
思わず間抜けな声をあげてしまう。しかし彼女はそんなことにお構いなく続ける。
彼が驚いた理由を勘違いしているらしい。
「そっか、とうとうこのあたりにも王都の人間がやってくるようになったわけね。
誰が霧の滝へなんか行ってやるもんですか! あ!私はシンシア、よろしくね」
(そうか、牙の塔都市タフレムに近いこのあたりなら王都の目も届きにくい。
白魔術士が隠れるにはもってこいなわけだ。)
キリランシェロは盲点を突いた隠れ場所に感心してしまう。
黒魔術士の陰に隠れて白魔術士であることを悟られない。奇妙な符合に、彼は"彼女"を思い出した。
自分がここにいる理由である"彼女"を。
「でも、他人の声を連れ戻すくらいのことしかできないの。だから、全然役に立たないのよね」
ガタン! そのとき彼女の言葉の終わりを待つかのように、乱暴にドアが開いた。いや、外れた。
取れかけていた蝶番が壊れたのだ。床に倒れたドアを、さも床であるかのように踏みつけ、二人の男
が部屋に入ってくる。一人は長身でやせぎすの男。もう一人はいかにも筋肉質な大男だった。
二人とも、シンシアに視線を向けている。当の彼女はというと、彼らに対し少しおびえた様子を見せている。
「よぉ! そろそろ、返してもらわねえとなあ?」
やせぎすの男はそう言うと、一歩こちらに近づいてきた。
シンシアは先ほどまでのおびえた表情を押し殺すと、一気に言葉を吐き出した。
「そんなこと言われてもないものはないのよ!
大体最初と言ってることが違うじゃないの。利子が高すぎるわ!」
彼女はどうやら借金をしているらしい。キリランシェロは男二人をもう一度見やった。
見たところ二人ともチンピラそのものである。やせぎすの男がもう一歩近づく。それにあわせて大男も近
づいてきた。
「なに?! 返せないものを借りるんじゃねえよ。いいかげんにしろよ?
何日待ってやった思ってんだ、おお?!」
言い終わると同時にやせぎすの男がシンシアの手を掴む。そして、獲物を前に舌なめずりをする野獣の
ような笑みを浮かべた。
「金が返せないんなら、他に返し方を考えねえとなあ?」
「た、助けて………」
シンシアがこちらに視線を向けてくる。その表情があのときの"彼女"に見えた。彼女が異形のものに姿を
変える瞬間――だが彼女はあのとき、笑っていたような気もする。
気づいたときにはもう、体が動いていた。
一瞬のうちに二人の男を倒したキリランシェロを見て、シンシアは言葉を失ったようだった。無理もない。
誰もこんな少年が大の大人、しかも二人を一撃で倒せるとは思わないだろう。彼女は、唾を何か苦手なも
のを飲み干すかのようにのどの奥に押しやると、なかば震えた調子で言葉を紡いだ。
「すっごいんだね、君………」
「早く医者を呼んだほうがいいよ。見た目よりはるかに重傷だから」
表面は平静を装ったものの、キリランシェロは自分への恐れと嫌悪でいっぱいだった。
男たちはたぶん内臓破裂の寸前だろう。戒めたつもりだったのに、まだここまでたやすく人を傷つけてしま
うのか。これは自分の刻印なのだろうか。
過去の自分を捨てることで、"彼女"を殺すための存在でなくなろうと決心したのに………。
そこに、通報に行っていたシンシアが戻ってきた。
「さ、早く逃げなきゃ。過剰防衛で捕まっちゃうかもよ。あたしなら大丈夫! いくらでも言い訳は効くわ。」
「わかった。ごめんね。迷惑かけてしまったみたいだ」
「ううん、いいの。ホントに感謝してる。じゃあね、キリー君」
そう言って微笑んだシンシアの顔は、"彼女"に似ていなかった。
「キリーじゃない。僕は、いや俺は"オーフェン"だ」
(おわり)
<不必要なあとがき>
いやあ、書いてしまいました、オーフェンパロ。
いろいろ突っ込める部分満載の当作品ですが、まあ、その辺は笑い飛ばしてやってください。
キリランシェロからオーフェンへ、その過程にこんな話がひとつぐらいあってもいいんじゃないか。
それぐらいの気持ちで書いた駄作です。駄作なら発表すんな!という突っ込みも勘弁してください(苦笑)。
説明ゼリフもガンガン入れてしまって、今は後悔しています。そのうち、改訂版の発表も考えていますので、
待つ人は待っていてください。
次回作はもっと精進したいと思います。
では!