フルメタル・パニック’sパロディ           <HOME> <BACK>
    見知らぬ少女のメモリーズ


 テレサ・テスタロッサは今、焦っていた。

 体に似合わぬ大きな木造の机に向かい、クッションのよさそうな椅子に座りながら、テ
ッサは書類と格闘していた。常人とは思えぬスピードで書類に目を通し、次々と決済のサ
インを入れていく。その手際はとても十六歳の少女には見えない。
きりのいいところまで来たのか、それとも、紅茶を持ってきた秘書の姿に気づいたのか、
テッサはその手を止めた。肩口に垂らされた三つ編みを口元に押し付け、くすぐる。
強いストレスを感じた時の彼女の癖なのだ。
しかし、彼女はある考えに思い当たり、すぐに三つ編みから手を放す。
そして、何も声をかけられずおろおろしている秘書に声をかけた。
「ああ、どうもありがとう。ごめんなさいね。秘書としては時間外労働ね」
「いえ、当然のことをしたまでです」
紅茶を置き、それだけを言うと、秘書はきびすを返して出て行った。
こんな時間――そうなのだ。午前3時。夜勤についている者以外は寝ている時間だ。
多忙なテッサといえどもこの時間に起きている事などない。緊急時を除いて。
しかし、今は彼女にとって緊急時なのである。
紅茶をひとすすりし、テッサはまた書類に視線を戻した。

 なんとなく体が重い。頭もすっきりしない。
今朝のメリッサ・マオは、普段以上に寝起きが悪かった。
それというのも、昨夜は大好きなビールを我慢したせいである。
習慣というやつは一日でも怠ると、支障を来たすらしい。
しかし、彼女の頼みとあれば、断るわけにも行かなかった。
ビールを飲むと、思ったとおりの時間に起きられないことが多いのだ。
とりあえず体だけでも起こそうと、ベッドから下り、伸びをしてみる。
そのままの状態から前屈、そして上体を起こし、反らす。
何度かそれを繰り返すうちに、徐々に体に活力が出てくるのがわかった。
さあ、今度は頭をすっきりさせなくちゃ。
考えながら、洗面所へと向かおうとすると、ドアが控えめにノックされた。
こんな控えめなノックをするのは、まず間違いなく彼女だ。
マオは相手を確認もせず、ドアを開けてやった。
そこに立っていたのは、やはり彼女だった。
「おはよう、メリッサ」
「おはよう、テッサ」
見ると、テッサはいつもと変わらず、きちんとした服装で、髪型にも微塵の乱れもない。
瞳には活力があふれている。
しかし、ひとつだけ疲れを隠すのに失敗していた。目の下にクマができていた。
「でもねえ、あたしが寝てたらどうするつもりだったのよ?」
「その時はあきらめます。だって、メリッサが熟睡してる時は、わたしがいくら起こしたって
起きませんから」
「ま、それもそうか」
笑いあう。
しかし、事実はそうではない。マオは一流の戦士である。
危険を感じた時は、木の葉が擦れ合う音でさえ目を覚ます。
しかし、この部屋にいるときだけは、限りなく熟睡に近い状態で眠る事ができた。
「じゃ、ちょっと待ってて。今顔を洗ってくるから。お茶でも入れて飲んでな」
「ええ」
これから始まる事に思いを馳せているのだろうか、テッサはすこし上の空でそう言った。

 マオが身支度を終えると、テッサは彼女を伴って部屋を出た。
いくら早朝とはいえ、人影はある。二人はできるだけ人の少ないルートを使って、飛行場
へとたどり着く。
「ハロー。今から飛べる?」
マオがクルーに声をかける。少し年配のクルーが答えた。
「いつでも飛べるぜ。ワシの機体はいつでもそうなってるんだ」
「そう。それはよかったわ。じゃ、今から八丈島へ飛んでちょうだいな」
「よし!じゃあ、乗りな。快適な空の旅を提供するぜ」
その言葉を聞いて、テッサは苦笑する。クルーの腕がいくらよくても、小型機ではジャンボ
ジェットのような"快適な空の旅"を送るのは不可能に近いのだ。
しかし、理由を詮索されなかったのは僥倖だった。その場合、カリーニンやマデューカスに
休暇をもらったと嘘をつかなければならないからだ。それに、彼らはマオと二人で東京に行
くなどということに同意しないだろう。ベヘモスの一件が影響しているのだ。
だから、このことはマオとテッサだけの秘密だった。
カリーニンたちに伝わるころには、八丈島へ着くことができるだろう。
テッサはあと二時間ばかり仮眠を"取っていることになっている"し、マオは休暇を取ってい
る。書類は徹夜で片付けてあるので、一日ぐらいは支障が出ることはないだろう。
それに、マオがついていることを知れば、あの二人も黙認してくれるだろう。
「では、お願いしますね」
席につき、その年配クルーに声をかける。
彼は必要以上に力をこめてうなずくと、操縦席へ入っていった。

 メリダ島から八丈島、八丈島から調布空港。乗り換えの時間を除いて、テッサは実に効率
よく睡眠をとった。そのおかげか、かなりリフレッシュしたように見える。
調布空港を後にしたテッサは、まっすぐに宗介の家に行きたい気持ちを抑えながら、都心へ
と向かう電車に乗った。そう、今回の計画の最終目的は、宗介に会う事なのだ。
しかし、今回の目的は彼に普通に会うだけではなかった。
 明大前で井の頭線に乗り換え、渋谷で降りる。
「じゃあ、メリッサ、行きましょうか」
「そーだね。じゃ、とりあえず手当たり次第に入りますか」
言って、二人は立ち並ぶ店へと足を踏み入れる。
ブティックと呼べるものから、本当に服を置いてあるだけといった感じの店まで、さまざまな店
に入ってみる。
「でもやっぱ、最初の店のやつがいいんじゃない? あれが一番テッサに似合うと思うよ」
「そうかしら……」
テッサは納得がいかない様子である。
「ま、さっきは試着しなかったからねぇ。試着すればもっとよくわかると思うけど」
「そうね。そうかもしれないですね」
最初に入った店へと戻る。
少し高級感の漂うディスプレイ。柔らかな物腰だが、洗練されすぎた店員。
その全てが、一般的な客以外に疎外感を与える。
"R"はそういう店だった。
しかし、マオとテッサは物怖じせずその店に足を踏み入れる。
そして目的の品を手に取り、店員に試着の意思を告げた。
 数分後。テッサは手間取りながらも試着を終え、試着室のカーテンを開ける。
若草色を基調としたワンピース。それをまとったテッサの姿には、もっとも彼女の私服姿を見
慣れているマオですら驚いた。大げさに言うならば、今の彼女は春の妖精だった。
「うん!似合ってるよ。やっぱりこれが一番だね」
「そうね。わたしも驚いていたところです」
自然と笑みがこぼれる。
結局、それを着たまま店を出る。
今日の暖かな陽射しには、春物のワンピースぐらいの薄着がちょうどよかった。
 渋谷駅までの道のり、テッサは男女問わず多くの視線が自分に向けられているのを感じなが
ら歩いた。しかしそれ以上に、マオの視線が気になった。
「どうしたんです?メリッサ」
「ん〜、なんか物足りないなあ、と思ってね」
その時風が吹き抜け、テッサの三つ編みを揺らした。
「そうだ! 髪型よ!!」
そう叫ぶとマオは、バッグからヘアブラシと手鏡を取り出す。手鏡をテッサに渡し、そばにいた露
天商からふんだくった椅子に彼女を座らせた。
テッサはあっけにとられながらも、マオのさせるままにしていた。

 宗介は突然の電話に驚いた。
相手がマオだったからである。
宗介は彼女が休暇をビール片手に自室で過ごす以外に使うところをほとんど見たことがない。
今から向かうから、駅前で待ってろと言う事だった。
宗介は彼女を待たせるとあまりいいことが起こらないような気がして、すぐに家を出た。
 駅前。日曜日だからか、人通りは少ない。皆、家でのんびり過ごすか、都心やさら郊外へと出
かけているのだろう。買い物かごをもった主婦、なぜか制服を着ている女子高生。立ち止まって
待ち合わせなどをしているのは、宗介ぐらいだった。
駅出口の方を注視していると、背後から声をかけられた。
「サガラさん」
背後の人物の接近に気づかなかった自分のふがいなさを呪う。
しかも相手はこちらの名前を知っている。
知らず知らずのうちに自分も平和ボケしていたのか。そんなことを一瞬のうちに考える。右ポケット
の自動小銃に手をかけながら、振り返る。
そこには、少女が立っていた。アッシュブロンドの髪を背中まで垂らしている外国人だ。
外国人ということで、彼はさらに警戒を強める。
自動小銃を抜いて相手に突きつけようとしたその時、誰かの言葉が脳裏をかすめた。
――知らない人でも、いきなりテッポー向けたりしちゃダメよ!――
ぐっと、右手を握り締める。
「何者だ」
「わからないみたいですね……」
少女は、笑いをこらえているような哀しんでいるような、複雑な表情を浮かべる。
暖かな風が、少女の甘い香りを運び、宗介の嗅覚を刺激する。
洗い立ての髪の匂い。宗介の脳裏にあの事件の時の彼女の姿がよみがえる。
あの時彼女は髪を解いていて……。
「も、もしかして、大佐殿ですか?」
「驚きました?」
テッサは、予想以上の成果に満足しながら言った。宗介に普段とは違う自分を見てもらう
ことが、今回の目的だったからだ。
宗介は自分が彼女の事をミスリルの大佐としてしか見ていなかったことに気づいた。
「ええ、別人のようでしたから」
「でも、わたしだって気づかないなんてひどいわ」
頬を膨らませて言い募る。もちろん演技だ。
制服を私服に着替え、髪を解いただけで本人だと特定できなかったのだ。
怒るのも無理はない。宗介といえど、それぐらいのことはわかる。
「は、申し訳ありません」
「いいんです。それなら、気づかなかったことにしてください。
 今のわたしは、テレサ・テスタロッサ"大佐"ではありません。そうですね?」
「は! 大佐殿の仰せのままに」
テッサはその言葉に苦笑する。
宗介は自分が何かおかしな事をしたかと、思考の海に沈んでいく。
「では、私の友達としての頼みを聞いていただけますか?」
「しかし、自分はマオとの待ち合わせが……」
「それは大丈夫です。メリッサはサケを買いに行くと言ってましたから」
宗介はやっと、マオの電話が嘘だった事に気づく。
彼女はテッサの要請であんな電話をかけたに違いない。
「では、何なりとお申し付けください」
口調と表情が恐縮に満ちている。テッサはそれに不満を感じながらも、はねつけられなかったことに安心した。
「わたし、サガラさんの淹れたコーヒーが飲みたいです。
 "大佐殿"からおいしいと聞きました」
「安い豆です。それでもよろしいのですか?」
「いえ、"それが"いいんです」
そう言ってテッサは"少女の微笑み"を浮かべた。

                                     (おわり)



<“ごく一部で好評な”あとがき>

 どうも。異例の短い間隔で発表するこの作品。はじめて自分の小説にテッサを登場させたとあって、
かなり苦労しました。結局、数少ないテッサのデータを集めるために、「猫と子猫のR&B」、「疾るワン
ナイトスタンド」を読んでいたところ、このような結果になりました。特に難しいのは、容姿の描写。
はっきり言って、逃げました(爆)。一応、宗介やマオの反応で、その辺を表したつもりではいますが、
いくら贔屓目に見ても、うまくいっているとは思えませんね(苦笑)。
いずれ、時間のあるときにまた改訂するつもりでいますが、いつになることやら。
では、次回は「3000&3333連続踏み逃げ早い者勝ちリクエスト」にてお会いしましょう。