フルメタル・パニック’Sパロディ
    「休日のカルテットセッション」  
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ざざぁぁぁぁん ざざぁぁぁん
いつもと変わらぬ波音さえも、今のクルツ・ウェーバーには不快に感じられた。せっかくの休暇に何をし
ているのだろう、とさえ思う。そう思うと、もともと許容範囲の少ない堪忍袋から不満が溢れ出した。
「あぁぁぁぁぁ!ちっとも釣れやしねえ!どうなってんだ?おお?!なんか俺に恨みでもあんのか?!」
「うるさいぞクルツ。魚が逃げる。」
少しはなれて釣り糸をたれていた宗介が注意してくる。しかし、その視線は波間に漂う浮きに向けられた
ままだったが。
「あん?魚が逃げる、だと?そういうソースケだってさっきから一匹もつれてねえじゃねえか。」
「おまえがいるからだ。」
何の抑揚もなく答える。その態度に毒気を抜かれたのか、クルツは今度は猫なで声になる。
「なあソースケぇ、『ツリ』なんかやめてどっか違うとこ行こうぜ〜。
なあ、まだ昼前だし、今から東京戻っても遊べるって。なあ、そうしようぜ〜?」
「おまえがついてくる、と言ったのだろう?しかも千鳥の誘いを断ってまで。どういうことだ?理解できん。」
本当にわからない、と言った感じの口調で宗介が言う。クルツは一瞬あっけにとられたような表情をした後、
突然弾かれたように笑い出した。
「ははははははは、おまえってやつぁホントにボクネンジンだね〜。鈍感もここまで来るとギネスブックものだぜ!」
ひとしきり笑いつづけた後、クルツはまだ笑いのこらえられない調子で続けた。
「あのなあ、ソースケ。おまえカナメちゃんに俺が来てること言ったか?」
「いや、話した覚えはない。」
少し宗介の表情に疑問の影がよぎる。
「それじゃあ、あのとき彼女が何て言って俺を誘ったか覚えてるか?」
「もちろんだ。彼女はこう言った。『じゃあクルツ君、東京案内してあげる』とな。」
「そうだ。『じゃあ』だよ。彼女は俺がいるのを見て、『じゃあ』って言ったんだ。
それより他に何か 用があったんだ。俺以外にあの時お前ンちにいたのは誰だ?」
「俺しかいなかったが?それがどうかしたのか?」
宗介の疑問の影がさらに濃くなった。
「そのとおり!彼女はお前に用があったのさ。で、俺を見つけて『じゃあ』なわけだ。
 要するに、俺をエサに使ったわけだ。そうすればあとあと質問攻めに会っても言い訳ができるしな。」
「お前が、エサ?俺はおまえなんかエサにされても食いつかんぞ。」
宗介の疑問の影はもう顔全体を覆い尽くそうとしていた。
その様子を見てクルツはやれやれといった感じで続ける。
「エサ、ってのは例えだよ。俺を誘うのを口実に彼女はソースケ、おまえを誘いに来たんだよ。
 俺を 誘えばおまえもついてくる、とカナメは踏んだんだな。」
懇切丁寧な説明に多少疲れた表情を浮かべつつも、クルツは宗介の反応を待った。
「千鳥が、俺を?馬鹿なことを。俺は昨日も彼女に怒られたばかりだ。
千鳥が俺と休日を過ごすために 誘いに来る。ありえないことだ。」
妙に自身ありげに宗介は答えた。
(やれやれ、こりゃ俺が説明しても無駄だな。)
「じゃあ、おまえケータイ持ってたよな?それでカナメちゃんに電話してみろ。きっとヒマを持て余し てるから。」
宗介はさらに顔に張り付いた疑問符を増やしながら、それでも携帯電話を取り出し、メモリ機能を使わずにか
なめに電話をかけた。その慣れた仕草を見て、クルツが感嘆の声をあげる。
「なんだよ、番号まで覚えてんじゃねえか。意外とすみに置けねえなあ!」
「メモリ機能は危険だ。もし敵に俺の携帯電話が奪われれば、即座に俺の交流関係が露呈し、千鳥たち  が危険にさらされるばかりでなく、俺の命も危ない。学校の線をたどれば俺の個人情報などはすぐに  知れてしまうからな。偽造文書とはいえ、危険なことに変わりはない。」
そう言った宗介の表情にわずかな満足感を見て取ったクルツは、思いっきり深いため息をついた。
すると、電話がつながったらしく、宗介が口を開いた。
「もしもし、千鳥か?」
電話で話す宗介の表情が普段よりいくぶん和らいでいるのを見て、クルツは妙な気分になった。
(ソースケのやつ、俺や姐さんの前以外でもこんな顔しやがんだな……。)
その気持ちの正体に気づいたとき、彼はさほど驚かなかった。マオと宗介が打ち解けていく過程でも感じた感情と
同じだったからだ。友情などという陳腐な言葉では語りきれないだけの絆が自分と宗介の間にはある。それで十分だ。
こんな気持ちはそれを壊すのにまったく役に立たない。だから彼はそれ、嫉妬の心を感じさせるほど宗介の心に入り込
んだかなめに、お礼を言いたいぐらいだった。なぜなら、それは宗介に穏やかな心をもたらす存在にかなめがなりうる、
ということの証明だからである。自分やマオだけでは埋めきれない部分をかなめが担ってくれたら、クルツは心からそう思った。
「うむ、では今から戻る。2時に渋谷だな?了解した。」
そんなことを考えているうちに、電話も終わったらしい。クルツは自分の考えが正しかった事を知り、満足する。
「な?俺の言ったとおりだったろ?」
「うむ。なぜかはわからんが。」
「バ〜カ、自分で考えな。さあ、東京に戻るぞ〜!」
(まったく、しょうがない奴だな。俺が愛のキューピッドしてやっか?)
苦笑しながら、クルツはイグニションキーを回した。

 渋谷の街の雑踏を不快に感じながら、千鳥かなめはハチ公前にたたずんでいた。
今日は比較的涼しいはずなのに、この熱気はなんだろう。
かなめは自分がいらだちのあまりに熱くなっていることに気づいていなかった。時計はもう2時15分を指している。
「ソースケの奴、遅すぎるわよ!あたしを30分も待たせるなんて!」
自分が15分早く来た事は棚に上げて、かなめが不満を漏らす。
その不満を打ち消すように、渋谷の街の雑踏をつんざいて、激しいスキッド音が響き渡る。
どんなスポーツカーが止まったのだろうかと、かなめはふと視線を投げる。
すると車種はありふれた国産のセダンだった。しかも乗っている人間まである意味ではありふれていた。
「よお、カナメちゃん。待った?」
なぜか震える声でクルツが話しかけてきた。そのうしろで宗介はなぜか銃を懐にしまいこんでいる。
「もう!30分も待ったわよ!」
かなめはクルツの声や宗介の銃に対する疑問より、彼らの遅刻への怒りを最優先させた。
すると宗介が神妙な面持ちで答える。
「『はじめの方』クルツがあまりに安全運転だったのでな。
 後半は『急がせた』のだが、 遅刻してしま った。すまん、このとおりだ。」
と言って頭を下げ、なにやら懐から取り出し、かなめに差し出す。二人のキューピッドをひそかに宣言した
クルツの入れ知恵である。
「わあ、きれい……。あ!宗介、こんなもので遅刻の罪が消えると思ったら大間違いよ!」
色とりどりの貝殻を手にかなめが少してれたように言う。
すると宗介はかなめの言葉を真に受けたのか、少し困った表情をしていた。
「もういいわ、許したげる。でも、今日はあんたのおごりよ!あと、クルツ君も!」
「ええ?!俺も?」
クルツが驚き半分不満半分の声を上げる。
「当然だな。連帯責任、という奴だ。戦場では一人の人間のミスによって部隊の全滅を招くことすらある。
それはクルツ、おまえも承知の上だと思うが。」
「け!何言ってやがる!右ハンドルは苦手だ、つったのにおまえがホントは運転できるクセに
 『俺は無免許だ』とか何とか言っちゃってよ〜。」
クルツが肩をすくめ、天に向かって独白する。
「なに?無免許なのは事実だ。それに俺も右ハンドルはほとんど運転した経験がない。」
「俺の国際免許に日本の赤キップの汚点がついてもいいってのか?!」
二人の低レベルな言い争いを見てかなめは思わず苦笑してしまった。
(まったくこの二人は……、しょうがないんだから。)
そう思いつつ、かなめは二人の手を取った。
「さあ、どこへ連れてってくれるのかしら?スペシャリスト二人は。」

 スペシャリストとは言っても、宗介は遊びのことなど何もわからないため、結局は遊びのスペシャリスト
でもあるクルツの提案で、三人はボウリング場へやってきていた。
普通の高校生はよほど入れ込んでいない限りボウリング場に入り浸る、などということはないので、久し
ぶりのプレイにかなめも心浮き立っているようだった。
そこまで計算していたのなら、クルツは女に関してもスペシャリストといえるだろう。
プレイの手続きをした後シューズを借り、さあプレイだ!そう思ったそのとき、宗介がボール置き場でなに
やら悩んでいるようだった。見かねたかなめが声をかける。
「どしたの?ソースケ。合うボールがないの?」
「うむ、どれもこれも俺の手には余るようだ。もう少し小さいのはないのか?」
そう言った宗介は、ボールをわしづかみにしていた。
 久しぶりのプレイだと言うのに、かなめは女子高生にあるまじき153というハイスコアを叩き出した。
一方クルツはというと、152。ボウリングには自信があったらしく、歯噛みをして悔しがっている。
宗介はというと、かなめにボールの握り方を教えてもらい、持ち前の運動神経を発揮したものの、
初体験ということで103にとどまった。
 そして2ゲーム目。
がこぉぉぉぉん!
「やたっ!またストライク〜♪」
かなめが本日幾度目かのストライクを叩き出したとき、クルツは頭を抱えて信仰心もないくせに「ジーザス!」
とか叫んでいる。彼はかなめへの対抗意識を燃やすあまり、スコアも伸びず、かなめにかろうじてついていって
いるといった感じだった。
「カナメちゃん、女の子は失敗を連発して『またやっちゃった、てへ!』とか言うのがかわいいんだぜ?
それを君と来たら・・・・・。」
「ふっふっふ、それは負け惜しみかね?クルツ君。」
クルツの言葉にかなめはまったく動じずに胸すら張って反撃に応じる。
クルツは図星だったのか、彼女の反撃に絶句する。
しかし、気を取り直したように立ち上がり、ボールを磨き、手を乾かし、真剣な表情を浮かべた。
「よぉぉぉぉし!今度こそストライクだ!」
胸に下げたペンダントに手をやり、集中を高める。ボールを手にし、構える。
そして、惚れ惚れするような美しいフォームでボールを投げた。
するとボールはきれいな弧を描き1番ピンにヒットする。一瞬の後には立っているピンは一本もなかった。
「イヤッホオォォォォォ!ストライクだ〜!!」
子供のように喜ぶクルツを見て、宗介はなぜか暖かい気持ちになる。
「はいはい、でもあたしに離されなかっただけだけどね〜。」
かなめが意地悪な笑みを浮かべてクルツをからかう。
「へっへ〜、これからが俺の本領発揮だぜ!見てろよ〜!。」
しかし、ここで宗介はある推測に思い至った。
(もし朝クルツがいった言葉が本当なら、エサにされたのは俺ではないのか?)
俺をエサにかなめを呼び出し、自分が最も楽しむ。現にそのとおりになっている。
しかし、クルツの楽しそうな笑顔を見ていると、先ほど感じた気持ちがさらに大きくなってくる。
(なんにしろ、しょうがない奴だ。)
そんなことを考えていると、宗介の番が回ってきた。

 翌朝。常盤恭子は、インターフォンの前でたたずんでいた。
いくら朝の弱いかなめといえど、まだ起きていないのはおかしい。すでに午前11時である。
怖い想像を頭の片隅に追いやって、ドアを叩く。
「カナちゃ〜ん、起きてる〜!?」
カチャリ。ドアロックの開く音を聞いて、恭子は少し安心を覚える。
「う〜、おはよ〜キョーコ。」
もろに寝起き、しかもよれよれのシャツとジーンズ姿のかなめに恭子は少し驚きを覚える。
「じゃあ、あがって待ってて。ちょっと顔洗ってくる。」
かなめの言葉に素直にしたがって、恭子はいつもどおり居間に入る。
そこで恭子はその場に立ちすくみ、二重の当惑をおぼえた。
すでに身支度を整えた宗介と、まだだらしなく寝ているクルツ。
この二人を見て恭子は、宗介に対してはいつか来るかもしれないと想像していた未来の到来を目の当たりに
してしまったかもしれないという当惑、そしてクルツに対しては、なんで「あの」クルツ君がここにいるのか、という当惑である。
宗介に対するそれはクルツがいては実現しえないのだが、今の恭子にはそんなことを考える余裕などなかった。
そこへ、顔を洗い終えたかなめが現れた。
「か、カナちゃん……、これは一体……。」
あまりの衝撃にそれ以上の言葉を口にできない。
「ああ!それはね、昨日ソースケの家に行ったらクルツ君がいてね。あたしも最初は驚いたんだけど、
聞けば二人は知り合いだって言うじゃない。だったらいっしょに遊ぼうよ、ってことになって、渋谷
に遊びに出て、そのまま勢いついちゃったもんだからうちで徹夜で遊んでたの。うはははは……。」
かなめの必死さと、いつもの「おしまい」の合図に、恭子もそれ以上の詮索はするのはやめようと思ったが、
いまいち納得できない部分があったので、その疑問を口にした。
「で?カナちゃん、昨日なんで相良君の家に行ったの?」
「………」
その言葉に、かなめは絶句した。宗介はといえば、クルツの言葉を思い出し、かなめを怪訝そうな目で見ている。
クルツは寝言で流暢な日本語で女性を口説いていた。恭子は過去に彼とあったときのことを思い出し、呆れ顔になってしまう。
その呆れ顔のまま、恭子はため息に乗せるようにして言った。
「まったく、しょうがない人たちだね。」
先ほどまで曇っていた空が急に晴れ渡り、日差しが部屋の中に入り込んでくる。夏休みも終わりに近づいていた。
                           
                                              (休日のカルテットセッション:おわり) 


  <“今更な”あとがき>

 ええ〜、最近この作品に対するあとがきを書いてないことに「気づき」ました(苦笑)。
んでもって、今書いているわけですが、何を書けばいいんでしょう?(爆)。
とりあえず、この作品を書くきっかけとなったことについて書きましょうか。
この作品は、知り合いの某嬢のリクエストに答えるべく、クルツと宗介のお話を書こうと
したのがきっかけです。事実、冒頭部分はそうなっています。でも、それだけではまとま
りがつかない、というかこれは小説じゃないだろう、と言う事になり、他の部分を書きました。
とはいっても、付け足しと言うわけではなく、私自身は、その他のシーンの方ができはいい
と思っています。それに、「しょうがない」というキーワードで全てをつづる形式を取れたのも、
かなり気に入ってます。というか、なにかのキーワードで物語が紡がれているという構成が、
個人的に好きなんですね。いずれまた書いてみたいです。