<聖夜直前のシンデレラ>             <HOME> <BACK>           


  普段はうっとうしい寒風も、今は心地よささえ感じる。
周りを見渡すと、帰路につく足取りは誰しも軽い。
それもそのはずである。今日は期末テストの最終日だったのだから。
彼女、千鳥かなめもやはりその一員であった。かなめは、久し振りに駅から学校までの景色を見た気がした。
昨日まで、その光景は参考書やノートに阻まれていたのだ。
今は、その解放感に満ちた世界に目を向けるだけで心があたたかくなるのを感じる。
ふと、その開かれた世界を全て見渡したくなって、まず最初に横を向いてみる。
「む。何だ?」
見たその先には、いつものむっつり顔があった。
怪訝な表情の中には、やはり穏やかなものがあった。彼もかなめと同じ思いらしい。
「いーえ。別に何でもないわよ。でも、あんたでもそういう顔すんのね」
「???」
宗介の表情が怪訝から疑問へと変わる。
かなめは思わず笑みを漏らしてしまう。また景色を見てみたいと思い、宗介から視線をはずした時、見知った顔を見つけた。
トンボ眼鏡におさげ髪。常盤恭子だ。
「キョーコじゃない。何で声かけないのよ? 気づいてたんでしょ?」
「あはは。邪魔しちゃ悪いと思って」
そばまで来た恭子が苦笑を浮かべる。
「何言ってんのよ。このバカと二人じゃどうしようもないと思ってたのよ」
「うむ。戦力は二人よりも三人のほうが戦闘は有利に進むからな。
 だが、俺にしてみれば、君たちは足手まといだな」
「あっそ。じゃあ、あたし達はどっかいこうか?」
かなめが底意地の悪い笑みを浮かべる。宗介がかなめの護衛を任務としていることを逆手に取った発言である。
「む。それは困る……」
「やっぱりお邪魔虫なんじゃないのかな?」
恭子が呆れ顔で言う。
事情を知らない彼女には、恋人同士によくある"気持ちの確認"に見えたのだろう。
「安心しろ、常盤。今日の俺は装備が充実している。
 多少の敵ならば、君たちをかばいながら戦うこともできるだろう。」
「そ、そうなの……?」
宗介の妙な説得力に、恭子は思わず納得してしまう。
気づいた時には、もう駅の雑踏の中に足を踏み入れていた。

 どのチャンネルを回してもクリスマスソング。
かなめはいつもより少し力を込めて、ラジオのスイッチを切る。
一人きりの部屋に沈黙がおとずれる。
そのとき、聴きなれた電子音が静けさを破った。かなめは少し微笑みながら電話へと向かう。
電話機の液晶に、見慣れた番号、見慣れた名前が表示されていた。
「もしもし? 千鳥ですけど……」
相手がわかっていながらも習慣でそう言ってしまう。それは同時に間違い電話を恐れる相手への配慮の意味もあったが。
『恭子ちゃんだよ〜。どうしてた?』
「うん?晩御飯食べて、ボーっとしてた」
ラジオを聴いていたことはなぜか言えなかった。
理由はわかっていたが、それはこないだの国際電話を受けた時からの禁句だった。
『そ〜だよね〜。なんか、テストが終わったら気が抜けちゃったね』
そのあとは、晩御飯は何だったとか、こないだ貸した『スクールウォーズ』のビデオの事など、たわいない会話が続いた。
「じゃあ、今日はこのへんで」
と、かなめの方から電話を切ろうとしたその時、恭子がひときわ明るい声で言った。
「ねえねえ、カナちゃんはクリスマスイヴはどうするの?
 今年は妹さんたち帰って来ない、って言ってたじゃない?
 それに、カナちゃんの誕生日だしさ。何もしないっていうのもどうかな、と思って」
あまりといえばあまりのタイミングに、かなめは思わず動揺してしまう。
「う、うん、そうだね。何かやろっか?」
『やった。じゃあ、お誕生日会だね』
「ううん、どうせなら、クリスマスパーティってことにして、みんなで騒ぎたいな」
『そっか〜。でもカナちゃんならそう言うかも、って思ってた』
恭子の笑い声が受話器を通してかすかに聞こえた。
『でさ、クラスのみんなを中心に他にも誰か呼ぼうと思ったんだけど、どうかな?』
「うんうん。じゃあ、お蓮さんとか呼んでもいいね。あとは、ミズキも呼んでやろうか」
『それはいいね〜。じゃあ、こっちで連絡つけてもいい?』
すっかり乗り気の恭子に多少戸惑いながらも、かなめは心が浮き立つのを感じていた。
先ほどまでのわだかまりが消えかかっている。
「じゃあ、そうしてくれるかな? ごめんね、手間かけさせちゃってさ」
『いいっていいって。こっちが言い出したことだしね。
 じゃあ、みんなに連絡ついたら、また電話するね。バイバーイ』
挨拶をすると、恭子はそのまま電話を切ってしまった。
これから、何人かに連絡するのだろう。
今夜は眠れないと思ったが、どうやら眠れそうだ。
かなめは恭子に感謝しながら、ラジオのスイッチを入れた。

宗介はというと、恭子からクリスマスパーティの誘いを受けて、正直困惑していた。
(そんなことをして、任務に支障が出なければいいが……)
そして、考えられる弊害の対策を考え始めようと思った矢先、ミスリル支給の携帯端末が呼び出し音を鳴らした。
「こちらウルズ7」
『おーおー。俺だ』
聴き慣れた声がスピーカーを通して聞こえてくる。クルツだ。
「形式にのっとって通信しろ」
『わかったよ。こちら、ミスリル東太平洋支部メリダ島基地。
 "ウルズ6"クルツ・ウェーバー。ウルズ7、生きてるかぁ?』
「問題ない。そちらの用件は?」
クルツが通信してくるなんて、通常ではありえないことだ。
さまざまな可能性を探りながら、冷静さをなくさないように努力する。
クルツのことだ。この緊張感のない声も演技かもしれない。
『ソースケぇ、クリスマスはどうすんの? こっち帰ってくんのか?
 テッサは執務の合間縫って、マフラー編んでるって噂だぜ? モテる男はつらいねえ』
「クルツ、もしかしてこれは私信か? それなら切るぞ。
 基地の備品を個人目的に使用するとは、貴様にはモラルがないのか?」
先ほど行った脳活動の無駄を思い知らされ、宗介は少し怒りを覚えていた。
『まあまあ、カタイこと言うなって。で、どーすんだ?クリスマス』
ここで切っても、何度も通信してこられそうなので、宗介はこのまま応対する事にした。
「こっちで過ごそうと思う。陣代高校のみんなでパーティをやることになっているからな」
『そーいやー、クリスマスイヴっていやあ、カナメの誕生日じゃなかったか?』
「うむ。だが、常盤から聞いたが、千鳥は、みんなで過ごした方が楽しいだろう、という意見らしい」
『ふーん。でも、もちろんカナメを驚かすようなシカケが待ってるんだろ?』
「まあ、な。そのことについて頭を悩ませていたのだ」
宗介は言いながら、また先ほどの対策に思考を沈み込ませようとする。
しかし、クルツがそこで黙ってくれるはずがない。
『どんなシカケなんだ? 教えてくれよ〜!』
話していいものかどうか一瞬迷ったが、いずれにしろしつこく聞かれることを予想し、話すことにした。
「実は――」

『なるほど〜。キョーコもなかなか考えるな。
 うんうん、そこでキョーコがああすれば、なるほどねえ』
計画を聞き終えたクルツが必要以上に感心しているのに、宗介は違和感を覚えた。
だが、気にしないことにした。彼にはその件について考えなければならないことがあったからだ。
『じゃあさ、俺様がとっておきのセリフをお前に伝授してやるよ。』
「む? 何のことだ?」
『だからさ、おまえもカナメに喜んでもらいたいだろ?』
「まあ、そうだな」
そう言う自分の歯切れの悪さに宗介は疑問を覚えた。
この感情は何なのだろう?
しかし、その思考もクルツの言葉にさえぎられた。
『よし。今から言うから、ちゃんとメモ取れよ。
で、いざっていう時にちゃんと言えるようにしとけ』
「ああ、わかった」
言いながら、宗介は手近にあったペンと、メモ用紙がなかったので、ダイレクトメールの封筒を手に取った。
『じゃあ、行くぞ――』

 クリスマスを間近に控えた12月23日。天皇誕生日ということで、学校は休みである。
クリスマスパーティの幹事を担う、かなめ、宗介、恭子の三人は、渋谷に準備のための買い物に来ていた。会場は、年末、しかもクリスマスイヴということで、学校の会議室を使わせてもらう事になった。生徒会長である林水が校長に頼み込んでくれたのだ。
街全体はクリスマスで彩られ、行く店行く店、はみな申し合わせたように同じようなBGMをかけている。
そこに、サンタクロースの扮装をした男が、チラシをかなめに渡そうと近づいてきた。
「本日クリスマスセールやってま〜す! はい、どうぞ〜!」
と装飾の凝ったチラシを出した瞬間、彼は腕をねじりあげられた。
その手から落ちたチラシを確かめながら、"加害者"が満足そうにうなずく。
「よかった。どうやら安全のようだ。プラスチック爆弾と信管を装飾に隠して、受け取った後に、リモコンで爆破。
 以前そう言う無差別テロの噂を耳にしたのでな」
「あ、あほかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
すぱぁん!
どこからか取り出したハリセンの一撃が乾いた音を響かせた。
 無用のトラブルを避けるため、チラシ配りを避けながらの買い物を済ませ、三人は電車に乗り込んでいた。
恭子が降りる国領駅に電車が到着する。
「じゃあ、明日終業式が終ってから準備ね」
「うん。じゃあ、カナちゃんまた明日〜」
「うむ。では、帰るとしようか」
それぞれに明日の予定を確認したあと、二人は恭子を見送った。
 そして、かなめと宗介も、最寄駅で電車を降り、そこから通いなれた道を歩き、
いつものとおり、かなめが住むマンションの前で、別れることにした。
「ソースケ、明日荷物忘れるんじゃないわよ?」
「うむ。了解した」
「じゃあ、また明日ね」
そう言って、かなめは軽い足取りでマンションへと入っていく。
かなめの部屋の明かりがつくのを確認し、宗介は急いできびすを返した。

 終業式が終わり、幹事の三人に加えて準備を手伝う生徒達は、直接パーティに出なければならないため、一旦家に帰って
着替えてくる事にした。
 かなめが再び学校に戻ってきた時、そこには宗介だけが立っていた。
かなめが震えるほど寒いというのに、宗介はそんな素振りひとつ見せない。
変わりに、めったに見せないあくびなどをしている。
天気予報によると、今年一番の冷え込みだそうである。宗介の後ろを半袖の運動部員が走りすぎる。
「あれ?ソースケだけ? みんなは?」
「うむ。少し遅れるので、先に始めていてくれ、とのことだ。
最後に妙な事を言って笑っていたな。
開始直前まで来ないかもしれないから、頑張れとか何とか……」
宗介が携帯電話を見せながら言った。
「いいかげんだなあ。まあ、二人でもできないことはないけど……。
 あ! そういえばソースケ、荷物は?!」
「すまん。荷物はない」
「バカ! 早く取りに行って来なさい!」
かなめの怒りの声に、宗介はなぜか驚きも悪びれもしない。
(むう。常盤たちが来る前に言ってしまっていいものか……)
しばらく間を置いたあと、宗介は何かを決心したように口を開いた。
「実は、あの荷物はもう必要なくなってしまったのだ」
「どういうことよ! あんた、自分の言ってる事がわかってるの?!」
かなめはさらに眉をつりあげる。
「実は、準備はもう終わってしまったのだ。実際に見てもらったほうが早い」
そう言って宗介はかなめを会場である会議室へと連れて行く。
会議室はクリスマス色あふれるパーティ会場に変身していた。
"Merry Xmas"の看板。なぜか会議室に存在するバルコニーには、金銀のラメで飾り付けをしたクリスマスツリー。
どれをとっても完璧である。
「これ……、どういうこと?」
「昨日、千鳥と別れた後に、常盤と二人で準備したのだ」
「だからそれはなんでなの?」
かなめの心の中は怒りと疑問でないまぜになっていた。なぜ、自分に持ちかけてくれなかったのか、それだけが彼女
の心に影を落としていた。
「それは、今日が千鳥にとって大切な日だからな」
かなめの心で燃えていた炎が一気に勢いをなくし、消える。
火を消すのに使われた大量の水があふれ出し、彼女の瞳を潤ませた。
「バカ! 余計な気を使って!」
「すまん。怒らせるつもりはなかった」
一呼吸おき、続ける。その手のなかには、ダイレクトメールの封筒があった。
「今日はクリスマスパーティだ。
 だが、クリスマス"イブ"にはまだ早い。イブになってしまうまでは、君の誕生日だ」
かなめの目尻からきらりと光るものが落ちたように見えた瞬間、彼女は窓の外を見るように、宗介に背を向けた。
窓の外を見やると、何かが上から落ちてきたように見える。
それを確かめるために、かなめはバルコニーへと飛び出す。
「あ、雪……」
「うむ、雪だな。綺麗だ。しかし、残念な事に君の誕生日は日が暮れるまでの短い時間しかない。急いだ方がいいな。
 下校のチャイムがパーティ開始の合図だ」
そう言って、雪降る空を見上げた宗介の足元には握りつぶされた封筒が落ちていた。
「なんだかシンデレラみたいね」
かなめがおどけた調子で言う。
彼女の顔に降った雪は、二箇所だけ他の場所より早く溶けていた。

(おわり)



<誰も欲しくないあとがき>

 え〜、賀東商事で予告したとおり、クリスマスを書きました。
ダメです。ラブコメ、向いてないです。書いてて実感しました。
しかも、恭子の「かなめと宗介二人っきり作戦」も、うまく読者の皆さんに判るように書けたか不安です。
それに、ラストの宗介のセリフのあとの、落ちた封筒の意味、もうちょっとうまく書ければよかったのですが。
ラブコメというのは、なんとなく狙いすぎてしまっているような恐怖が常につきまとっていますね。
私自身、恋愛に関する演出などに無頓着な質ですし、なんとなく、こうすればどうこう、といったような確信と
言うのが持てないでいます。それがラブコメを忌避する理由なのですが、今回ので多少は自信に繋がるとい
いと思います。
などなど、問題ありありの本作ですが、心あたたまっていただければ幸いです。
やはり、ラブコメはドタバタもいいけど、心あたたまる話が一番ですよね。