フルメタル・パニック’Sパロディ            <HOME> <BACK>
          <思い込みのバレンタイン>




 普段は気づかないかもしれないほどの小さな音が、状況によっては耳をつんざく大音響
に聞こえることもある。
まさに今の千鳥宅の電話がそうであった。午前6時30分。朝の弱いかなめにとっては、
そういう「状況」である。ベッドから這い出るようにして、リビングの電話に向かう。
「もひもひ? 千鳥ですけど」
欠伸混じりの声で答える。と、相手は早朝の電話に対する非礼を詫びると、早速用件を切
り出してきた。話を聞きながら、カーテンを開ける。
暖かな日差しが、冷たいだけだった空気を清冽に変えていった。
まだ霧がかかったような頭で要約したところによると、電話の相手である友人は、さる理由
で2月13日のバイトに出られない。だから、彼女の代わりにバイトに出てくれないか、という
ことらしい。
「うんうん、わかった。どーせ家にいても、テレビ見るだけだし」
そう言ってかなめが快諾すると、友人はなぜか歯切れの悪い調子でお礼を言った。
そして、バイト先の場所、入り時間などの詳細を伝えると、電話を切った。
(しかし、切る間際のあの歯切れの悪さはなんだったんだろ? 二月十三日、なんかある?)
自問する。二月十三日、十三日……。
頭の中に立ち込めていた霧が、徐々に思考の風によって吹き流されていく。
「ああ!さる理由って、翌日のこと」
思わず声をあげてしまう。誰が見ているわけでもなかったが、手で口を抑える。
「バレンタインか〜、どうしたもんかな〜?」
誰かの顔がぼんやりと浮かんだが、自室の目覚ましの音がその姿をかき消した。
目覚まし時計に少し感謝してしまう。
「はいはい、もう泣かないの」
なんとなくおどけてみせると、頭の中の面影はもう消えていた。

「いってきま〜す」
家族の写真に挨拶をする。家を出るときの習慣である。 
普段より十五分早い。宗介はまだ家にいるかもしれない、などと思いながら、階段を下りる。
宗介はいつも早いのである。
一階に着くと、宗介がそこにいた。
「おはよう、千鳥」
むっつり顔にへの字口。よほどのことがない限り、その表情が変わらないことを、かなめは知っている。
「は、早いわね……」
「? 時間どおりだが」
「で、あたしを待ってるなんて、どういう風の吹き回し?」
「今日はなんとなく嫌な予感がしたのだが、杞憂だったようだな」
「なんでそうなるわけ?」
「今朝、君のところに電話がかかってきた。
君はその電話を切ったあと、何か叫んだように見えた。そのあと、放心状態だったようだ」
今度からはみだりにカーテンを開けるのはやめようと、かなめは固く決心する。
だが、それだけでは気が晴れるはずもない。
すぱぁん!
快音が気晴らしになった。
いつもはたわいない話でもしながら歩くのだが、その日はなぜか、口が重かった。
大抵の場合、会話の口火を切るのはかなめなのだ。
見慣れた風景を横目に見ながら黙々と歩みを進めると、いつのまにか駅前だった。
そこで、珍しく宗介の方から切り出してきた。
「千鳥、バレンタイン、とはなんなのだ?」
朝の面影が今は実像を伴っている。
「いや、ここ数日気になっていたのだ。洋菓子屋、コンビニ、果ては雑誌に至るまで、"バレンタイン"なる
もので埋め尽くされている。これはいったいどうしたことか、とな」
「たまには自分で調べなさい」
自分でも声に険があるのがわかる。怒らせてしまったかと、宗介の顔を覗き込んでみる。
彼は眉根を寄せてはいたが、それは思考の表情だった。
「むう。すまん。
いつの間にか君に頼る事に慣れてしまっていたようだ」
心底反省の表情になる宗介に、かなめは辟易してしまう。
「いや、ちょっと、そんな謝られても」
「?」
いつもとは違う朝だった。

 宗介は今、時計とにらめっこしていた。ミスリルとの定時連絡の時間を待っているのである。
報告内容を今一度反復する。
定時きっかりに、宗介は携帯端末を使って、メリダ島とのチャンネルを開く。
聴きなれた声。
『はい、こちらミスリル東太平洋支部、メリダ島基地、通信兵シノハラです』
「こちらはウルズ7、相良宗介」
『で、今日の報告は?』
「今日もおおむね、問題はない」
前置きにそう言い、続いて詳細を報告する。
『了解。お疲れ様です』
こうして毎日通信していると、向こうも親近感が湧くのか、言葉に堅さがなくなってくる。
宗介にもその傾向が少しずつ出てきていた。
「交信を終る前に訊いておきたいのだが……」
(これは単に頼る相手を変えただけではないのか? 果たしてこれでいいのだろうか?)
考えをめぐらせた結果、人に訊く以外の解決方法を見出せなかったため、思い切って質問を
浴びせた。
「バレンタインとは、何なのだ?」
『それはな、女の子が意中の男のハートをゲットするイベントだ』
聞こえてきたのは、さらに聴き慣れた"男"の声だった。
通信機の向こうで、「ウェーバー軍曹、何するんです!」と叫ぶシノハラの声が聞こえている。
声の主はやはりクルツらしい。
「クルツ、貴様何をしている。通信ルームはスタッフ以外立入禁止のはずだ」
『いや、シノハラをからかいにきたんだよ。怒った顔がまたかわいいんだなあ』
緊張感のない声。シノハラの声も聞こえないところを見ると、もうあきらめたらしい。
「まあ、いい。疑問も氷解した。とりあえずは感謝しよう。通信を終るぞ」
『まあ、おまえみたいな奴に関係あるイベントとも思えないけどな。
いや、カナメちゃんがいるか……』
途中で通信を切ってしまったが、最後の言葉は気になった。
(千鳥が俺を……? まさか……。いや、そういえば……)
その考えは、何度かの堂々巡りをしたが、結論は出なかった。

 二月十四日。今日の相良宗介は、緊張感に満ちていた。
それは必ずしも、彼を萎縮させるものではなく、むしろ感覚を研ぎ澄ましてくれる類のものだった。
自宅、すなわちミスリルのセーフハウスを出てから、陣代高校の門をくぐり、靴箱の前に立った瞬
間、それは最高潮に達した。
午前八時十五分。クラブ活動のない一般の生徒達が登校しはじめる時間帯である。
「やはりな」
不適に笑い、学生カバンの中から、"いつもの道具類"を出す。
『立入禁止』の文字の記された黄色いテープ、ファイバースコープetc.
なれた手つきでテープを張り巡らし、静かな面持ちで靴箱の前にかがみこむ。
すぅ、と息を吸い込み、まずは聴診器を当て、その部分をテープで固定する。
機械音はしない。どうやら、時限式爆弾の類ではないらしい。
だが油断は禁物である。さらに聴覚を研ぎ澄まし、たっぷり五分間は聴覚を酷使する。
結果、時限式爆弾の可能性を捨て去り、聴診器を靴箱からはずそうと手を伸ばした。
その時、背後で声がした。
「またこんなことやってるわけ? 迷惑だから早くやめなさい」
千鳥かなめが、クラスメートの常盤恭子を伴って、そこに立っていた。
「千鳥、危険だ。"今日こそは"爆弾かもしれない」
同じ状況が何度も訪れているせいか、宗介の返事も一歩先を読んだものになっている。
さらに、かなめの行動も同様である。
宗介の背後からいきなり手を伸ばすと、靴箱を解き放つ。
扉がほんの数センチ開いた瞬間、一気にふたが開き、大量の包みが宗介に降り注いだ。
「たいした爆弾だったわね。それじゃ、最後のトドメ」
言ってかなめは宗介の頭をぽん、と赤い包装紙と金のリボンの包みで叩く。
「早く片付けなさい。遅刻するわよ」
かなめは少しだけ赤面し、それに気づいたのか、すぐにきびすを返して行ってしまった。
宗介がそばにいた恭子に尋ねる。
「千鳥の顔が赤かったようだが、熱でもあるのか?」
「それは違うと思うな。相良君には一生わからない理由かもね」
と言って苦笑した。
宗介は、まだ油断していなかった。

 その日の夜。宗介は自宅で山積みになったチョコの山と睨み合っていた。
(毒殺か?)
包装を解いた瞬間爆発する仕掛けも考えたのだが、この小さい包みでは不可能に近い。
少なくとも宗介の知識ではそれは考えがたい事だった。
だから、包みを開けてみたのだが……。全て中身はチョコレートだった。
これではクルツの言葉がもっとも符合するではないか。
――意中の男のハートをゲットするイベントなんだ――
きっとこのチョコレートの中には、心機能を止めるような薬物が混入されているのだ。
ハート(=心臓)をゲット(=手に入れる)、すなわち相手の心臓を自分の手で止めるのだ。
これはテロリストの悪趣味な比喩に違いない。
(こう考えると、執拗な雑誌やテレビの報道なども、これで納得がいく。
あれは警告だったのだ。二月十四日は無差別テロが発生するぞ、と。)
 そして最後にかなめのくれた包みだけが残った。
(千鳥とて安心はできない。彼女だって俺に恨みは山ほどあるはずだ。
 いつそれが発露してもおかしくはない)
そう思い、恐る恐る包みを開ける。
すると、チョコレートは入っていなかった
ハート型のケースだけが入っており、その上にメッセージカードが載っている。
二つ折りのメッセージカードを開き、その中身を読む。

            ソースケへ

 チョコそのものが入ってたら、あんたの事だから、毒入りとか疑うんだと思う。
だから、チョコが欲しかったら、あたしんちに来なさい。
作るところから全部見せてあげるから。しかも、晩御飯のサービス付き。
たまにはちゃんとしたもの食べないと、戦えなくなっちゃうぞ。
あ! これは友達としての心配と、いつか守ってくれた感謝よ!
勘違いしないように!

                          千鳥かなめ

 最後の勘違いというのはよくわからなかったが、宗介は、かなめを疑った自分が恥ずかし
くなってしまった。
これを世間では罪悪感と言うのだろうか?
そんな考えを巡らせているうちに、体が空腹を訴えた。
バルコニーから、かなめの住む部屋を見ると、カーテン越しに、忙しく歩き回るかなめのシル
エットが見えた。その手に鍋を持っているようにも見える。
宗介はしばらくその光景を眺めていた。
が、やがて思い出したように室内に戻り、空のチョコレートのケースを持って家を出た。

                                       (おわり)


   “私だけが待っていた”あとがき

 どうも。このあとがきを書ける日をどれだけ待った事か!(笑)
実に二ヶ月ぶりの新作です。
前回の「シンデレラ」では思いっきりラブコメを狙ったので、今回はそれだけで終りたくないとは
思っていたのですが、結果として、ギャグが増えただけの結果に終ってしまいましたね(苦笑)。
実際、これを書く際に最初に思いついたネタと言うのがありまして、今回は残念ながら、構成上
切ってしまいました。まあ、これは来年のバレンタインまで封印しておかなければならないネタと
なってしまったわけです。ぜひ入れたいと思っていたものだけに、非常に残念です。
 ところで、私の作品というのは、テッサ好きな方や、マオ好きな方には、おしかりを頂くほどの
かなめ寄りです。最近つくづく感じてはいるのですが、なんとなく、テッサたちのキャラを掴みき
れていないような感じが拭えないのですね。また、彼女達の登場シーンを読み返して、キャラ把握
に努めたいと思います。
 では、長くなってしまいましたが、次回のリクエストでお会いできる事を心底願っています(笑)。